sannigoのアラ還日記

アラ還女sannigo(さんご)の穏やかな毎日を記録しています。

2024-08-01から1ヶ月間の記事一覧

「穂国」の「穂」である本宮山に鎮座する神を迎え創建した里の社殿『砥鹿神社 里宮』

今川軍に包囲された一宮砦に、家康が寡勢で救援に駆けつけ多くの今川軍を蹴散らし、宿陣したと伝わる『砥鹿神社。1602年(慶長7年)には、家康より朱印領として百石の寄進を受けたともいいます。

とても長い神社名が気になる『赤尾渋垂郡辺神社』なんと19柱もの神様をお祀りしています

失礼ながら『赤尾渋垂郡辺神社』を全く存じあげませんでしたが、参拝してみて『赤尾渋垂郡辺神社』の名称には、創建から奈良時代の「神仏習合」さらに明治の「神仏分離」の歴史が詰まっていると実感しました。

木原畷古戦場碑が立ち、徳川家康の御座石が残る『許禰神社』を訪ねて

許禰神社には「徳川家康御座石」も残されたおり、家康公がこの宮に参詣したことが証明されていますし、関ヶ原の戦いの勝利を祈願し、心願成就して70石の所領を与えたとの記録も残っているそうです。

井伊家の氏神『渭伊神社』と本殿奥の古墳時代からの祭祀遺構『天白磐座遺跡』

今回お参りしたのは、静岡県浜松市浜名区引佐町井伊谷(いいのや)にある杉の大木に囲まれた『渭伊神社(いいじんじゃ)』です。神社の奥には古墳時代から鎌倉時代までの巨岩祭祀遺構の『天白磐座遺跡』が広がります。

徳川家康にゆかりの『石座(いわくら)神社』を訪ね、古代の磐座が起源という由緒と神々を知る

『長篠・設楽原の戦い』。歴史を変えたともいえるこの決戦を前に織田信長・徳川家康が、こちらの『石座神社』に戦勝祈願したと伝わるそうです。また、太古より雁峯山に大きな岩があり、古代の磐座で『石座神社』の起源とされます。