こんにちはsannigo(さんご)です。いつもありがとうございます。
パラリンピックも素敵な閉会式で幕を閉じ、なんとなく気が抜けたような日々を送っていたら「膀胱炎」(高齢者だと尿路感染症らしい)に!抗生物質で抑え込んだと思ったら今度は唇に「ヘルペス」
なにか免疫力がアップするようなすてきなアクシデントってないかしら?
ってことで、ここのところ体調不良でなかなかパラリンピックの振り返りをブログ上でできなくて…。
今回のパラリンピック、メダルの数では世界11位で金メダル13個、銀メダル15個、銅メダル23個、トータル51個ものメダルをGETできた大会でした。
テレビで見ているこちらも楽しくなって、元気がもらえた大会。けっきょく開催することでモヤモヤしていた気持ちはなくなった感じ。
先回まで見たこともない競技を、テレビで見れたことが庶民であるわたしにはうれしかったし「多様性と調和」がこれからより一層進んでいくことが予想できます。
そこで、やっぱり地元の金・銀・銅の3種盛り合わせメダルではまだ飽き足らず、さらに銀メダルと銅メダルまで手にしたスーパースイマー鈴木孝幸選手のことを記録しておかなくてはいけません。
地元のことも多く載せているブログですし、今年最も地元で熱い情報であろう鈴木孝幸選手のことを書かなくて何のブログだ!ってことになるので遅まきながら記しておきます。
地元出身の選手ですので、愛読している中日新聞さんも開催前には応援記事を載せてくれます。これなら確実にメダルをGETするだろう!と期待していたとおりの結果で。
まさか5個もメダルを取ってくれるとは!感動をありがとう!っていう記事です。
鈴木選手の原点は「ペンギン村」水泳教室
新聞記事で得た情報になってしまいますが、鈴木選手が6歳から通っていた水泳教室「ペンギン村」の伊藤裕子さん(57)のお話を読んで、鈴木選手の小さい頃からの自身の障がいへの向き合い方にすごく感動したんです。
記憶を頼りに書いていくので若干記事とは離れてしまうかも?ですが、鈴木少年は6歳の頃「水泳を習いたい」と言ってスケボーに乗って「ペンギン村水泳教室」の伊藤さんを訪ねたそうです。
伊藤さんは、すでに教室で学んでいる子どもたちが障がいがある少年に対してどのように対応するか不安だったそうです。
案の定子どもたちは子どもゆえの率直さで「どうしてみんなと違うの?」「なぜ指がないの?」と聞いてしまいます。
そこで鈴木選手は「これが僕の手なんだよ」「触ってみてもいいよ。たこ焼きみたいにやわらかいから」なんて軽く受け答えして笑ってたそうで、伊藤さんの不安は一気に吹き飛び、その後はボール遊びや飛び込みを通してのバランス感覚を養ったり、鈴木選手ならではの泳ぎ方を一緒になって考えるようになったそうです。
この話から鈴木選手は、6歳のときすでにこの素直で豊かな人間性を持っていたことがうかがえます。
そんじょそこらのひねくれ者のままアラ還世代になってしまったわたしなどは、この鈴木選手の生き方に大いに学ばなくてはいけません。
鈴木選手の水泳の原点は、6歳から通った「ぺんぎん村水泳教室」。ここで水中でのボール遊びや飛び込みを通して、水泳競技に必要なバランス感覚を身に付けたのですが、なぜか中学の3年間は吹奏楽に取り組んでいたそうです。
が、しかし高校進学を機会に「一番になりたい」と競泳で世界を志し、まっすぐ泳ぐこともむずかしいところから根っからの好奇心旺盛な性格で研究、さらに努力して現在のメダリストにまで上り詰めました。
鈴木選手は生まれつき四肢欠損で腕と脚の長さが左右でちがうため、先ほどの「ペンギン水泳教室」の伊藤さんと、鈴木選手と似た障害のある選手の映像を集めて、繰り返し泳ぎ方を研究したそうです。
20代前半までは泳ぎの力強さだけを重視していましたが、ここ5年間でフォームをお尻の位置を高くして、水の抵抗を減らすように改良。
フォームの修正で記録が伸び悩んでも鈴木選手は「より速く泳ぐには、自分で課題を見つけて直していくしか方法はない」とチャレンジし続けてきた結果が今大会の5つのメダルにつながっているのでしょう。
本当にかっこよかったです。おめでとうございます。
参照元:鈴木(聖隷クリストファー高出身)、東京パラ競泳50平「銅」 尽きぬ探究心 再び表彰台へ|あなたの静岡新聞
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鈴木孝幸選手は静岡県浜松市北区出身
ウイキペディアによると、浜松の出身で聖隷クリストファー高等学校に通っていたというから、もしかしたらどこかで出会っていたかも?
高校卒業は早稲田大学教育学部に進学し、卒業後、株式会社ゴールドウインのスピード事業部に勤務しているパラ水泳選手です。
生年月日は、1987年(昭和62年)1月23日 で年齢は34歳です。後輩選手のみなさんからはタカさんと呼ばれ慕われているそうです。
今回のパラリンピックは「あれだけ練習したからベスト出したかった」とのことで、メダルコレクターと呼ばれているそうです。
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【これまでの主な成績】
~2019~
世界パラ水泳選手権大会(イギリス)
100m自由形(S4) 2位
150m個人メドレー(SM4) 3位 ※日本新記録
50m自由形(S4) 2位
200m自由形(S4) 2位 ※アジア新記録
50m平泳ぎ(SB3) 2位
ジャパンパラ水泳競技大会(神奈川)
50m自由形(S4) 1位
100m自由形(S4) 1位
~2021~
第37回日本パラ水泳選手権大会(静岡)
50m自由形(S4) 1位
100m自由形(S4) 1位
50m平泳ぎ(SB3) 1位
2021ジャパンパラ水泳競技大会(神奈川)
50m自由形(S4) 1位
150m個人メドレー(SM4) 1位
200m自由形(S4) 1位
【パラリンピックの成績】
~2004~17歳
アテネパラリンピック
4x50mメドレーリレー 銀メダル
~2008~日本の競泳チームの主将
北京パラリンピック
50m平泳ぎ(SB3) 金メダル
150m個人メドレー(SM4) 銅メダル
~2012~2大会連続で日本競泳チームの主将
ロンドンパラリンピック
50m平泳ぎ(SB3) 銅メダル
150m個人メドレー(SM4) 銅メダル
~2016~日本の競泳チームの主将
リオパラリンピック
150m個人メドレー(SM4) 4位
50m平泳ぎ(SB3) 4位
~2021~
東京パラリンピック
50m平泳ぎ(SB3)銅メダル
50m自由形(S4)銀メダル
100m自由形(S4)金メダル
200m自由形(S4)銀メダル
150m個人メドレー(SM4)銅メダル
《2020年東京オリンピック招致に貢献》
2020年東京オリンピック構想にも協力、2013年1月には同招致委員会に同行するパラリンピアンとして国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)に立候補ファイルを提出、大会招致の成功に貢献しました。
さらには、鈴木選手の恩師ともいうべき「ぺんぎん村水泳教室」の伊藤さんが同年代のアラ還世代でその人となりに感動します。
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鈴木選手は「ぺんぎん村水泳教室」の伊藤裕子さんの教え子
「ぺんぎん村水泳教室」の伊藤さんは、今も「障害者と健常者が共存できるスポーツ環境を作りたい」と意気込んでいるそうで、平成28年には、障害の有無にかかわらずスポーツを楽しめるメディカルフィットネスクラブ「LEN(レン)」を設立されました。
この「LEN」では障害者と健常者が共生できるスポーツクラブになっていて、個人で利用できるジェットプールや体が不自由でも動かしやすい米国製のマシンを用意したトレーニングルームなど、特に個人のニーズへ対応できるクラブだそうです。
伊藤裕子さんは、静岡県内の障害者スポーツの発展を長い間支えてきた人物で、28年にわたり障害者へ水泳を教えてこられ、1993年(平成5年)に「ぺんぎん村水泳教室」を創立されています。
伊藤さんは、まだパラリンピックの知名度があまり高くなく、知的障害を持つ障がい者などがスポーツをすることにも理解を得られなかった時代から自身が専門として学んだベービースイミングなどを生かし障がい者スポーツに関わっています。
28年間ずっと障がいのある方が普通にスポーツできる社会を目指して、ここまで続けてこられ、鈴木選手のような強くてやさしい選手まで教え子にいらっしゃるなんてなかなかできないこと。
これからもまだ鈴木選手のような選手も生まれるでしょうし、このパラリンピックで障害のある人も健常者も同じ場所で生きていける社会がもうそこまで来ていることをすごく感じました。
~2021年12月22日追記します~
浜松市内で障害者に水泳を指導する「ペンギン村水泳教室」が、障害者の生涯学習支援活動に功績があったとして2021年度の文部科学大臣表彰を受賞されたそうです。
本当におめでとうございます。代表の伊藤裕子さんとコーチの大村忍さんが21日、市役所を訪ね受賞を報告されたとのこと。
「やっと活動が認められて感無量。スタッフや通い続けてくれる人たちに感謝したい!」と喜びを語ったそうです。
きっとこれからも鈴木選手のような力強いスイマーを目指して通われる方がたくさんいると思います。伊藤さんはまさに「浜松の誇り」です。
~ここまで追記でした~
参照元:パラ水泳に携わり28年「障害者と共存できる環境を」 浜松市の伊藤裕子さん - 産経ニュース
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まとめ
まさに集大成という言葉がぴったりな「2020東京パラリンピック」のメダリスト、浜松出身の鈴木選手について記録してみました。
鈴木選手は今回出場した5種目すべてでメダルを獲得。
さらにパラリンピック出場が初めてという選手が多い日本競泳陣のキャプテンとしても、34歳のベテランらしくとても素敵な表情が多く見られた大会でした。
17歳の高校3年生でアテネ大会に初出場してから東京大会まで5大会連続でパラリンピック出場、自身のイメージを「羊飼い」とおっしゃり、「目指す場所はみんな一緒だと思うけど、途中で道に迷っている選手がいたら、ナビゲートできるようなキャプテンになれたらいい」と語る6歳の頃から天真爛漫で研究熱心な鈴木選手は、本当に尊敬に値する選手です。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。では、またです。