sannigoのアラ還日記

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お正月の門松や正月飾りに徳川家康・家光の影響があるなんて!

こんにちはsannigo(さんご)です。いつもありがとうございます。

お正月は、門松や正月飾りを飾って気持ちよく迎えたいものです。そこで、今回も門松や正月飾りの由来や飾ったり片付ける際の注意点などを調べてみました。

 

そしたら、なんと。縁起の良い門松の竹の先端の形に浜松にゆかりの深い徳川家康が大きく関わっていることを知り驚いています。

 

さらに、現在の「松の内」の期間が関東と関西ではちがう理由も、これまた徳川三代将軍家光に関係するなんて思ってもいなかったことを発見してしまいました。

 

この記事を読んでいただければ、お正月を前にして「門松や正月飾りをいつ、どんな物をどこへ飾ったらいいの?」とか「片付けるのはいつだったかしら?」なんて気にされている皆さまの参考になるのではと思います。

 

さらに、ドラマやゲームなどで歴史や徳川家に興味のある方、もちろん私も含めてですが「へえーっ」なんて思っていただけるのでは?と思います。では、さっそく「門松」って?から始めましょう。

 

よく晴れた日の徳川家康が29歳から45歳までの17年間を過ごした浜松城

 

 

 

門松とは?


門松は、昔から日本でお正月に 飾る『飾り物』というイメージがありますが、昔から大切な意味合いがあると言い伝えられています。

 

門松は、昔は、歳神(としがみ) の依代(よりしろ)といわれていて、歳神が宿る安息所で、神霊がおりてくる際の目標物と考え門松を飾る風習ができたようです。

 

また、神前には、歳神に対する感謝の気持ちをあらわし神酒や鏡餅、白米、かち栗、干柿、昆布、するめ、海老などをお供えします。

 

こういったことから、門松をお正月にお家の玄関前などに飾り、感謝の気持ちとともに お迎えするという意味があるようです。

 

門松を飾る際の竹の長さについて

 

一番長い竹が中央にあり、次に低い竹が同じ長さの場合は、位置を気にせず飾ります。

 

【出飾り】

 

門松中央の3本の竹の中で、1番高さのある竹と、一番短い竹が内側、2番目に高い竹が外側に置かれている門松の飾り方。

 

この飾り方には意味があって「独り立ちをして欲しい年頃の息子さんがいる」「早く結婚して欲しい娘さんがいる」ご家庭の方や、病院などが「早く患者さんが元気になられて病院を早く出ていって欲しい」という願いを込めた飾り方となっているそうです。

 

ですから、一般的なご家庭の場合は、この「出飾り」にするようです。

 

【迎え飾り】

 

門松中央の3本の竹の中で、1番高さのある竹と、一番短い竹が外側、2番目に高い竹が内側に置かれている門松の飾り方。

 

これは、会社やお店で商売をされているお家の方が、商売繁盛という意味で「お客様やお金が入ってきますように」との願いを込めて、「迎え飾り」をするようです。

 

また、現在妊娠中だったり、お婿さんやお嫁さんを欲しいと思われていおうちでは、「赤ちゃんを授かりたい」「お早くお嫁さんが欲しい」「早くお婿さんが欲しい」の願いを込めてこの「迎え飾り」にするそうです。

 

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竹の先端を斜めに切る「そぎ」は徳川家康が始めた?

 

門松には、徳川家康がはじめたとされる竹の先端部分を斜めにカットした「そぎ」と、真横にカットし先端が斜めになっていない「寸胴(すんどう)」の2種類があります。

 

徳川家康の生涯一の大きな敗北として知られる戦いに「三方ヶ原の戦い」があります。「三方ヶ原の戦い」で大敗し、やっとの思いで帰り着いたのが浜松城です。

 

家康は、この敗戦にだだいぶ落ち込んだようで「この敗北を忘れずに次は対戦相手の武田信玄を斬る」という念を込め、門松の先が槍の先に見えるそぎ切りにしたのです。これが門松の種類「そぎ」の始まりとされています。

 

また、もうひとつ有名な話には、その時の敗北を決して忘れることのないようにと書かせた「しかみ像」をいつも身近に置いていたともいわれます。

※現在(2022年7月)「しかみ像」は、”三方ヶ原の戦いでの敗戦時に書かせたものでない”という情報もあり今後の決定によります。

 

ちなみに、東京都文京区の六義園の門に飾られる門松は、斜め切りの「そぎ」ではなく「寸胴切り」だそうです。

 

これはなぜかというと、六義園を所有していた三菱創業の岩崎家が、甲斐源氏(武田)末裔を称しているからだとか。

 

都立の9庭園の中で岩崎家がもっていた4つの庭園は、「寸胴切り」の門松が飾られていたそうですが、現在はどうなんでしょう?

 

といっても、最近(特にコロナ禍以降)は、以前のようにあっちでもこっちでも「門松」が飾ってあるという感じではなくなっている気がしませんか?

 

ご実家に帰ることや旅行などすべての行動に多少なりとも自ら制限かけている方が多いと思われる時代に、「門松」を飾ってもなあ、誰が見てくれるわけでもないし・・・、ってことかもしれません。

 

が、お正月にそれぞれの家を訪ねてくれる歳神さまが、目印的な門松がなくなってしまい「あれ?どこへ行けばいいの?」なんてことになるのは、ちょっと悲しいと思うアラ還世代です。

 

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しめ縄の由来

 

しめ縄を飾るのは、日本神話に登場する「天の岩戸(あまのいわど)」という岩でできた洞窟での出来ごとが由来しているそうです。

 

太陽神の天照大御神(あまてらすおおみのかみ)が天の岩戸にかくれた際、天照大神は太陽の神であるため、世界が真っ暗になり暗闇に包まれてしまいます。

 

「これは困った」と八百万の神様が、天照大御神が岩からどうしたら出てくるかを考えたすえ、岩戸の前で酒を飲みおどりはじめ大騒ぎします。

 

天照大御神がこの騒ぎに「何が起きたのだろう」と岩戸から出てきたところを、八百万の神様がいっせいに岩戸を締め、二度と入れないように「しめ縄」で岩戸としばってしまったというお話が「しめ縄」の由来となっていると言われています。

 

この由来から、しめ縄は神様が宿るとされる場所に飾るようになったそうです。

 

しめ縄はどこに飾る?

 

しめ縄は、新年に飾ることで、わざわいや不浄なものが内に入らないようにという意味、さらに、一度家の中に入った神様が外に出ていかないようにという意味もあるようです。

 

ですから、基本的に自宅で飾る場所は、神棚か玄関の2ヶ所です。が、もちろん今どき神棚がないお宅も多いですから、片方だけで十分だそうです。ただ、神棚に飾る場合は、御札が隠れてしまわないように注意して飾りましょう。

 

お正月に「松」を飾るのは?

 

お正月に飾る「松」の意味は、常緑樹で1年中青いため「永遠の命」の象徴になります。また、松の中には樹齢数千年というものもあり、不老長寿と結び付けられ縁起が良いとされています。

 

また、平安時代の正月初めの子(ね)の日には貴族の子どもたちは野辺に出かけ小松を引いて遊ぶという行事があったようです。

 

その行事のあと、自然の生命力といわれる小松や摘み取ってきた若菜を持ち帰り、料理の食材に加え長寿祈願をしたといわれ、松を長寿の象徴としてお正月に飾るようになったともいわれてます。

 

門松や正月飾りを飾る時期

 

門松やしめ縄を飾る時期は、12月13日以降ならいつでも良いとされています。が、29日に飾るのは、29が「二重苦」を連想させ、また、29は9がつく日の末日になることから「苦待つ」を連想させるということで、好ましくないとされています。

 

また、30日も期間が短いため、31日は「一日飾り」とか「一夜飾り」と言われ歳神様をおろそかにするとのこと、さらに31日に飾るのも好ましくないとされています。

 

ということは、けっきょく12月13日以降で12月28日以前に飾るのが良いということで、一般的に多いのは、やはり12月25日のクリスマスが終わりツリーを片付けたあとの12月26日以降なのですが、諸々配慮すると12月26日〜12月28日で飾るのが一番良いかなと思います。

 

門松やしめ縄を片付ける時期

 

門松や正月飾りを飾る期間は、一般的に「松の内」と呼ばれる1月7日まで飾っておく。というところや、本来の「松の内」は小正月の15日とされていたから1月15日まで飾っておくというところもあれば、地域によっては10日までというところもあります。

 

ということで、「松の内」はお住まいの地域によって異なりますので、ご家族やご親戚、ご近所さんに確認するのが一番ではないでしょうか?

 

 

関東地方中心の地域で「松の内」が1月7日までになった理由

 

関東地方を中心の地域では「松の内」が7日に変更されたそうですが、その理由を御存知でしょうか?

 

歳神様にお供えとしてあげていた鏡餅をおろしていただく「鏡開き」は、もともとは全国的に1月20日に行われていました。が、慶応4年(1651年)を境に1月11日が「鏡開き」の日になったようです。

 

というのも、徳川三代将軍家光公が4月20日に亡くなったことに由来し、幕府では「鏡開き」を、家光公の月命日にあたる20日を避けようと1月20日よりも9日も早い”1月11日”に変更したんです。

 

となると、松の内が15日というのは「神を迎える期間中に鏡開きする?」「鏡開きのあとも正月飾りを飾っておく?」なんだか、これって神様に失礼じゃない?ってことで、けっきょく「松の内」を鏡開きよりも前に終えるよう7日に変更されたということです。

 

それが全国的に広まったため、関東地方では7日までを松の内としたのに対し、徳川幕府の影響が少なかった関西地方では、今でももともとの15日を「松の内」とする地域もあるということになったというわけです。

 

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まとめ

 

最近大河ドラマの影響で、鎌倉時代から、室町時代、戦国時代、そして「徳川家康」が日本で初めて築いた戦さのない江戸時代までに興味津々なんで、日々YouTubeやネット、歴史本などでその次代の歴史にはまって喜んでいます。

 

今回調べたお正月の門松の種類や「松の内」の期間が関東と関西とちがう理由に「徳川家」が影響していると知って、お正月でもない真夏なのについつい記事にしてしまいました。

 

が、もちろんお正月に「正月飾りはいつ片付けるんだっけ?」とかお正月前に「景気づけに門松でも飾ってみようかしら」なんて時も役に立つ情報もありです。

 

なんにしても、昭和のエモいものが流行って、懐かしい扇風機やちゃぶ台が若い世代に受けているのはうれしいことで、もっともっと昔ながらのものが脚光を浴びるといいなと思います。

 

ってことで、今回はおしまい。最後までお読みいただきありがとうございます。

では、またです。